東京高等裁判所 昭和38年(う)2611号 判決
被告人 安庫
〔抄 録〕
所論は、被告人の本件所為を重過失であると認定した原判決には、事実の誤認があるという旨の主張である。
しかし、原判決挙示の証拠を綜合して考察すれば、原判示事実を十分に肯認することができる。そして、原判決の認定した事実によれば、被告人は、無免許であるにもかかわらず、原判示日時、原判示貨物自動車を運転し、時速約四〇粁で原判示の道路を進行中、前方道路左側を丹下靖子が対面歩行してくるのを約一七メートル先で認め、同女は八歳の児童であつて、何時道路を横切つてくるかを予測できず、同女は下を向いて歩いて自車の近付くのに気付いていなかつたから、警音器を吹鳴し、速力を減じなかつた過失により、同女を左前方至近距離(四、六米)で、同女が自車の進行前方に進み出てくるのを認め、ブレーキをふみ、ハンドルを右に切つたが及ばず、同女を自車前部ではねとばして、同女に原判示の傷害を負わせ、死亡するにいたらしめたというのであるから、本件の交通事故は、被告人の「重大なる過失」すなわち、高度の注意義務に違反する場合、いいかえれば、わずかの注意を払えば事実を認識することができ、結果の発生を回避できたという場合であつたにもかかわらず、かかる注意義務を怠つたことにより惹起されたものといわなければならない。なお、歩行者である八歳の原判示被害者は下を向いて歩いており、被告人の運転する前記自動車の接近に気がつかず、何時その前方を横切つてくるのかを予測できない状況にあつたというのであるから、かかる場合には、道路交通法第五四条第二項ただし書いう「危険を防止するためやむを得ないとき」にあたるものと解するを相当とするので、原判決が被告人の警音器を吹鳴しなかつたことを、その注意義務違反、すなわち、過失の一つとして認定したのは正当であり、また、業務上必要な注意を怠つて、人を死に致した以上、被害者が死亡するに至つた原因につき、被害者に、所論のような過失があつたからといつて、その刑責を免れ得るものでないことは、論をまたないところである(昭和三〇年(あ)第二七五三号同三三年四月一八日最高裁判所第二小法廷決定、刑集一二巻六号一一〇一頁参照)。されば原判決には、所論のような事実誤認はないから、所論は採用できない。
(小林健 遠藤 吉川)
(註) 本件は他の理由で破棄